【やまパレ書房】神々の山嶺(小説)


ジョージマロリーはその頂に立つことができたのか!? マロリーのカメラ発見により始まる、前人未到のエベレスト登頂に命を懸ける登山家とその姿を追う写真家の物語。

その真実。山嶺に立たった人だけが目にできる。


神々の山嶺(上・下)

神々の山嶺(上) (集英社文庫)

登場する主な山

エベレスト(ネパール)・谷川岳(群馬)

本作品の紹介

俺監督が山岳小説で打順を組むならスタメン間違いなしの作品。分厚い上巻と下巻の2冊構成だが、続きが気になり一気に読み終えた。さらに漫画版も読んだ。映画版も見た。

登場人物の何人かは実在の人物をモデルとしており、主人公の羽生丈二もその一人。読んだ後にWikipediaでググりまくり、本作品で得た知識から、さらに枝葉のネタを知りたい欲求に駆られてしまう。

エベレストには当然行ったことのない私ですが、筆者の緻密な取材による描写はエベレストやその周辺、空気、人々を感じさせられます。読みを進めるとその場にいる気分になります。気分だけです。エベレストにチャレンジする人は、経験や技術、体力、ガマン耐久度など、それ相応の根拠となる下地があることが理解できるので、私には気分だけで十分です。「夢」とかいう言葉だけで、ピラティス程度のトレーニングで登れるなら良いのですが。

人気故に漫画化もされた。作画は「孤高のグルメ」でお馴染みの谷口ジロー。だからかどうなのか不明だが、テント内での食事シーンは有名だ。さらに実写映画化もされている。主人公の羽生丈二は阿部ちゃん。深町は岡田准一。彼らの身に付ける装備はすべてモンベルだとか、時代背景を無視した車や携帯電話が背景に映り込んでいるとか、大人の事情を考慮し、広い心で見ればさらに楽しく観賞できる。

主な登場人物

羽生丈二(はぶ じょうじ、またの名をビカール・サン):エベレスト南西壁冬季単独登攀をする人。貧乏。谷川岳一の倉沢第三スラブ(鬼スラ)の冬季第一登をした人。マロリーのカメラを見つけた人。モデルは森田勝

深町誠(ふかまち まこと):カメラマン。マロリーのカメラの秘密に首を突っ込んだ人。女のことではうじうじしてるのに最後はエベレスト単独登攀しちゃう人。蜂蜜をたっぷり入れた紅茶とリンゴが好き。涼子も好き。

岸文太郎(きし ぶんたろう):羽生を慕って山岳会に入った若者。後輩の面倒を見ないことで有名な羽生が珍しく可愛がられた人。でも滑落して死んでしまい、羽生がさらに引きこもりになってしまった。

岸涼子(きし りょうこ):文太郎の妹。羽生の元恋人。深町の恋人。

アン・ツェリン:シェルパ界のレジェンド。タイガーの称号を持つ。人望もある。死にそうなところを羽生に助けられて、超仲良くなる。娘を羽生と結婚させ、仕事の口利きをしてあげる。深町がエベレストに登るときも手伝ってくれる。

ナラダール・ラゼンドラ:元グルカ兵の隊長でビクトリア十字章の受勲者。悪者たちにも顔が利く。

長谷常雄(はせ つねお):羽生より若いクライマー。明るく人気者。鬼スラ冬季単独登攀を羽生より先にやって羨ましがらせる。スイスの三大氷壁もやろうとして羨ましがらせる。でもK2で雪崩に巻き込まれて死亡。モデルは長谷川恒男

私と神々の山嶺

 その昔、私が中学生の頃だったでしょうか。日テレがテレビカメラを担いでエベレストの頂上に立ったとき、エベレストに「チョモランマ」と言う別名があることを知りました。テレビで生中継された30年ほど前のゴールデンウィーク。阪神のバースが結果的に日本最後の公式試合になってしまった巨人阪神戦。できたばかりの東京ドームで試合を見ていたとき、途中でオーロラビジョンに中継が入ったことを思い出します。試合は中断したんだっけかなぁ。忘れました。

 エベレストは英語名でチョモランマはチベット語。そしてもう一つ、サマルガータとネパール語でいうことを知ったのはこの本です。それまで、「チョモランマって何語? てか、なんで二つも名前あんの?」というレベルの知識でしたが、山への興味が赤丸急上昇した私にとって、新たな名前もスムーズに受け入れることができました。

 本編はエベレストでのジョージマロリーに関する回想から始まりますが、話の舞台はネパールだけではありません。ドラマを展開させる登場人物は日本人であり、身近な日本の山も舞台になっています。その一つが谷川岳。

 谷川岳の遭難事故死者数はギネスに記録されるレベルの山。一方、ちびっ子からお年寄り、そして初心者からも人気のある山。死者が多いのは、岩壁登攀ルートによる事故が理由なんですね。そしてその代表的な場所が鬼スラ。初めて聞きました。

 もう、「鬼」とかいう名前からして危なそう。これを主人公の羽生丈二が仲間1人と共に冬季登攀に成功させます。その動機は、お金がなくてエベレストに行けなかったから。もしも私が羽生だったとすると、エベレストの代わりになるようなインパクトのあることを探して挑戦できるかというと、多分何もしない。きっとこたつでミカン食ってる。

 やりたいことができない状況はいくらでもある。そこで諦めず、自分にできることを探し実行する。

 この精神は非常に見習いたいものがあります。

 私がこの本を読んだ時点で、その山歴は富士山と立山のみ。作中、羽生が子供の頃に初めて登った山が丹沢だったらしいことが書いてあり、私の登山シーズン1年目、最初の山を丹沢にした影響は少なからずあります。ただ、改めて読み返すと大倉尾根から塔ノ岳まで登ったことがハッキリと書かれていましたが、当時はそのイメージが付かずにヤビツ峠から登ってしまいました。1年目の表尾根2年目の宮ヶ瀬から三峰。下山は共に大倉尾根を経験した今では、「大倉尾根は下り専門でお願いします」という感じです。

 また、1年目の谷川岳を登った時も、本作品を思い出しました。鬼スラ(一の倉沢)は当然ながら無理として、可能な限り自分に挑戦できるルートとして選んだ西黒尾根。さらに羽生が「山に登るから山屋なんだ」と息巻いた穂高では、2年目8月に屏風岩を見て「これ、登っちゃうのかよ~」と見上げたりもしました。

 今後私がエベレストに登ることはありません。しかしそのうち、雪山に登れるようになったとき、本作品の最後のシーンをきっと思い浮かべると思います。神々の山嶺は、それだけ私の中に入ってきた作品です。

読書館「神々の山嶺(小説)」おわり

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